高大連携歴史教育研究会(高大研)より、『暗記重視ではなく歴史を流れで学ばせるために用語を半減させる』というプランが発表されている。これが即座に反映されるとも思えないが、教科書を『識者』がいじればいじるほどおかしくなる典型ではないだろうか。そもそも今だって、坂本龍馬に関する記述は、教科書の中のほんの数行しか書かれていないのだが。。。
歴史を勉強することは非常に大切なことであると思う。歴史感のない人間は、ある意味で特殊な能力を発揮し、とてつもないエポックメイキングな発明をするかもしれない。その可能性を否定するつもりはない。
けれでも、歴史を知らない人間が政治を語ると最悪なことになる。世の中には未だに共産主義を信奉する人が一定数いるわけだけど、彼らは歴史を再度勉強した方が良いね。
日本の歴史教育に関しては、無駄が多すぎる。アカデミックに歴史を卓球するのであれば、四大文明とか縄文弥生とかも大事だと思う。人類が誕生する数百万年前の旧石器時代の研究も非常に大事だ。だけど、長すぎる。アホな日本史教師に出会うと、中1の歴史の授業が始まり、そろそろ一ヶ月が過ぎようとしている時期に、未だに4大文明とか縄文弥生をやっていたりする。そこ、そんなに重要じゃないから。歴史の順番に教えるのもいいけど、ダラダラしすぎ。一番大事なものは近代史〜現代史〜公民分野だと思うぞ。明治時代以降の近代史を最初にやるべきなんじゃないかなあと思う。
オイラなら、一番初めに超大雑把な話として、原始時代〜縄文弥生、飛鳥〜平安、鎌倉〜江戸、という時代があったことを教え、そして、幕末の話をしてから近現代史に行く。そして、第二次世界大戦終結あたりまでやったら、改めて飛鳥時代あたりから幕末までやって、最後に四大文明〜縄文弥生で良いんでないかな〜。
多くの小中学校に於いて、奈良平安あたりに時間をかけすぎてしまい、入試シーズン直前になってから、近代史を最後の数日で駆け足でやって終わらせている模様。そんな話をよく聞くし、実際、そんな様子をいくつも目の当たりにしています。
暗記がダメとかいう下らない論理は捨てましょうよ。暗記が全てだなんて思いませんけど、暗記は大事です。暗記なんてしなくても歴史は語れるけど、そういう人の歴史話は脈絡がなかったり時代が前後したりすることが多いね。
例えば歴史学者が歴史を語る時、時代考証を間違えたり年号を間違えたりしたら、その歴史学者の話を信じられるとは思えません。そもそも研究者ですらないと断定します。僕レベルの人間でも、歴史を語る時には、年号による時系列は語ります。それなしに歴史は語れません。暗記すべきものを暗記して、初めて歴史を語れるようになるのですし、そもそも研究していれば用語は自然に暗記するものです。
また、不用意に用語を削ると、かえって歴史は分かりにくくなります。坂本龍馬という人物の記述を捨てたとして、歴史が分かりやすくなるのでしょうか。
では、なぜ犬猿の仲であった薩摩と長州が手を結ぶようになったのか。これを坂本龍馬抜きで語すとすると、かえって面倒なことになるのではないでしょうか。
日清戦争後、日本が清から割譲された遼東半島を巡り、独・露・仏によって三国干渉をされたのは何故か。その辺りを端折りまくるから、『日本に三国干渉を行った三国とはどこか』という問いに対して『米・英・露』という誤った回答が続出するのですよ。その理由を噛み砕いてちゃんと説明している僕の教え子たちは、きちんと理由をわかっているので、ほとんどの生徒が正しい答えを知っています。
詰め込みすぎもダメだとは思いますけど、端折るのはもっとダメ。
幕末に日本にやって来るラクスマンの話をするのに、太平洋を流され時代に翻弄されつつも最終的にサンクトペテルブルクにたどり着いた大黒屋光太夫の話は一切出て来ない。
こんなつまらない歴史の教科書なんか、面白くもなんともないんだよね。
歴史を面白くなくしているのは、山川出版なのかも知れないですね。
歴史を勉強することは非常に大切なことであると思う。歴史感のない人間は、ある意味で特殊な能力を発揮し、とてつもないエポックメイキングな発明をするかもしれない。その可能性を否定するつもりはない。
けれでも、歴史を知らない人間が政治を語ると最悪なことになる。世の中には未だに共産主義を信奉する人が一定数いるわけだけど、彼らは歴史を再度勉強した方が良いね。
日本の歴史教育に関しては、無駄が多すぎる。アカデミックに歴史を卓球するのであれば、四大文明とか縄文弥生とかも大事だと思う。人類が誕生する数百万年前の旧石器時代の研究も非常に大事だ。だけど、長すぎる。アホな日本史教師に出会うと、中1の歴史の授業が始まり、そろそろ一ヶ月が過ぎようとしている時期に、未だに4大文明とか縄文弥生をやっていたりする。そこ、そんなに重要じゃないから。歴史の順番に教えるのもいいけど、ダラダラしすぎ。一番大事なものは近代史〜現代史〜公民分野だと思うぞ。明治時代以降の近代史を最初にやるべきなんじゃないかなあと思う。
オイラなら、一番初めに超大雑把な話として、原始時代〜縄文弥生、飛鳥〜平安、鎌倉〜江戸、という時代があったことを教え、そして、幕末の話をしてから近現代史に行く。そして、第二次世界大戦終結あたりまでやったら、改めて飛鳥時代あたりから幕末までやって、最後に四大文明〜縄文弥生で良いんでないかな〜。
多くの小中学校に於いて、奈良平安あたりに時間をかけすぎてしまい、入試シーズン直前になってから、近代史を最後の数日で駆け足でやって終わらせている模様。そんな話をよく聞くし、実際、そんな様子をいくつも目の当たりにしています。
暗記がダメとかいう下らない論理は捨てましょうよ。暗記が全てだなんて思いませんけど、暗記は大事です。暗記なんてしなくても歴史は語れるけど、そういう人の歴史話は脈絡がなかったり時代が前後したりすることが多いね。
例えば歴史学者が歴史を語る時、時代考証を間違えたり年号を間違えたりしたら、その歴史学者の話を信じられるとは思えません。そもそも研究者ですらないと断定します。僕レベルの人間でも、歴史を語る時には、年号による時系列は語ります。それなしに歴史は語れません。暗記すべきものを暗記して、初めて歴史を語れるようになるのですし、そもそも研究していれば用語は自然に暗記するものです。
また、不用意に用語を削ると、かえって歴史は分かりにくくなります。坂本龍馬という人物の記述を捨てたとして、歴史が分かりやすくなるのでしょうか。
では、なぜ犬猿の仲であった薩摩と長州が手を結ぶようになったのか。これを坂本龍馬抜きで語すとすると、かえって面倒なことになるのではないでしょうか。
日清戦争後、日本が清から割譲された遼東半島を巡り、独・露・仏によって三国干渉をされたのは何故か。その辺りを端折りまくるから、『日本に三国干渉を行った三国とはどこか』という問いに対して『米・英・露』という誤った回答が続出するのですよ。その理由を噛み砕いてちゃんと説明している僕の教え子たちは、きちんと理由をわかっているので、ほとんどの生徒が正しい答えを知っています。
詰め込みすぎもダメだとは思いますけど、端折るのはもっとダメ。
幕末に日本にやって来るラクスマンの話をするのに、太平洋を流され時代に翻弄されつつも最終的にサンクトペテルブルクにたどり着いた大黒屋光太夫の話は一切出て来ない。
こんなつまらない歴史の教科書なんか、面白くもなんともないんだよね。
歴史を面白くなくしているのは、山川出版なのかも知れないですね。